日本音楽療法学会認定音楽療法士までの道のりをお話しします➀
color-ne.styleの西です。
xにポストした音楽療法士になったお話しの反応が良かったので、今回は私の音楽療法士になるまでの道のりをお話ししたいと思います。
読み切るまでに最低3時間はかかり・・・いや、それはかかりすぎでしょうか(笑)
でも数年単位の壮大なストーリーなので、それぐらい時間をかけたいくらいの気持ちはありますけれども。
それでは、西の半々半生のお話しをどうぞ。(セリフはフィクションです)
・高校2年生夏ぐらいの私「よし、拓殖大行こう!(資料請求済み)海外ボランティアとかやってみたい。うん、それが私っぽい」
・高校2年生冬の私「よし、音大行こう!音楽療法士ってなんだか新しいし、音楽好きな私っぽい」
・・・え、この半年で何があった!?と思われた方、いるかと思います。そう、この半年で大きな出来事があったのですよ。
中学・高校とハンドベルサークルに入っていた私は学校に近い、とある高齢者施設にボランティア演奏に行きました。
車いすに乗った高齢者と施設スタッフがたくさんいるのを見て、緊張していたのを覚えています。
演奏は変わらず、緊張感と楽しさとハンドベルを振ることで精いっぱいな私でしたが「夕焼け小焼け」を演奏した時。
数名が口ずさんでくれる中で大きな声で泣きながら歌われる方がいました。
(目立つ人がいるなあ・・)ぐらいにしか、その時は思っていませんでした。何しろ、演奏に集中しなきゃいけないわけで。
演奏後、片付けをしている時に看護師さんが近づいてきて、演奏の御礼をしてくれました。その時に教えてくれたんです。
「大声で泣いて歌っていた方、普段全く喋らないんです。喋ることが難しいんです。だから、私達、あんなに歌うの見てびっくりしちゃって」、そう話す看護師さんも目がウルウルでした。それにつられて学生の私達も目がウルウル。
(そんなことってあるんだあ、自分達が演奏した音楽が、大きな影響を与えることがあるんだ、、、)
その体験はなぜか、しばらく記憶に残ったままで簡単に消えるようなものではありませんでした。
その後、施設での体験を母に伝えたんですね。話しを聞いて母が一冊の本を私に貸してくれました。
ドレミ出版社【元気の出る音楽療法~音楽療法へのご招待~ 呉竹英一、浅田庚子 】
これを最後まで読んだ時に、自分が施設で体験したこととリンクしました。「これだ!自分達がやってたのって音楽療法だったのか!」(←実際にはちょっと違います。)調べる中で音楽を使ってたくさんの人を支援する音楽療法にとても興味が湧きました。著者両者とも音楽療法士でもあり、音楽療法をする為には音楽療法士を目指したほうが良さそうだということを理解しました。
これが、私が音楽療法士を目指す始まりでした。
何だか、このお話し泣けますね・・あ、私だけでしょうか。
続きはまた次回以降にしたいと思います。